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身辺雑記

身辺雑記


日記のような、そうではないような。
いろいろあったり、なかったり。


小石とランドセル

at 2006 04/07 21:35

出勤時に入学式に向かうらしい華やいだ親子連れを見かけた。
ぴかぴかの「よそゆき」を着て、白い靴下をはいたこどもたち。
来週からは、ランドセルに背負われながら登校するのだろう。

小学生に入りたての頃、登下校のときに、
さまざまなガラクタを拾っては、ポケットに溜め込んでいた。
なにしろチビだから視点が低くて、
地面に近い分、いろんなものを見つけるのだ。

赤や緑のビニールの膜をかぶった銅線のきれっぱしだとか、
プラスチックの薄い緑の円盤だとか(これは最近になって
おもちゃのピストルの弾だと知った)、ボルトやビールの王冠。
なんでもポケットに詰め込んでいた。
拾うまでは良いけど、すっかり忘れて洗濯かごに脱いだ服を入れるから、
しょっちゅう母に説教されていた。

ある日、学校帰りに、すばらしい拾い物をした。

歩道に面したマンションの、コンクリートの階段の隅に、
数個の小石が転がっていた。

見た瞬間に、きゅうっと胸が痛くなった。

それまでもわたしの「ポケット博物館」には、
たくさんの石がしまわれては母の怒りを誘ってきたのだが、
いままでの石を全部あわせてもかなわないほど、
この数個の小石は特別だった。

半透明のピンク、金色と茶色の縞々、深い緑、うすい紫色。
わたしは息を詰めてしゃがみこみ、小石たちを見つめた。

ほんとうに石?ほんとうに拾っていいの?

意を決して拾ってみると、
つまらないプラスチックのかけらなんかじゃなくて、
紛れもなく、ほんとうの石だった。

汗ばんだ手のひらに小石をにぎりしめ、
ときどきそうっと開いてまじまじと見つめながら、
家まで帰った。
ポケットの中にしまうのが惜しかった。

たからもの。ほうせき。

父にもらった透明な青いプラスチックの名刺の空き箱に
ティッシュペーパーを敷いて小石を入れた。
学習机の引き出しにしまっては、すぐにまた取り出し、
小箱の中で並べ替えたり、蛍光灯の光にすかしてみたり、
飽きずにながめた。

翌日、ランドセルに入れて学校に持って行き、
担任のおばさん先生に見せた。

「きれいね。熱帯魚の水槽に敷く石じゃないかしらね」

あまり熱心でなく先生は言って、わたしはがっかりした。
こんなにきれいなのに、ただの石なの?
ほうせきに違いないのに。

それでも周りのともだちには、
この小石はセンセーションを巻き起こした。
「すげえ、ほうせきだぜ」とか「ピンクの、みせて」とか、
興奮したひそひそ声と一緒に、小石はちいさな手から手に、
つぎつぎと渡されていった。

休み時間が終わり、小石はふたたび、
小箱に収まってわたしの机にしまわれた。

給食を食べたら、一年生は帰宅する。
ランドセルを揺らして、同じクラスのさっちゃんと、
いつものように帰る途中で、大変なことを思い出した。

ほうせき!

机の中に置き忘れた小石を思い出し、
さっちゃんにさよならを言って、わたしは学校に走って戻った。

机の中に小箱はあった。
ほっとしてふたを開けたわたしは、凍りついた。

・・・ピンクのがない。

なめらかな手触りの、やさしいピンク色の小石。
ひざが震えた。のどがしくしく痛んで、
もうすこしでしゃくりあげそうな感じだった。

わたしは悄然と家に帰った。
残りの小石は、家の学習机の引き出しにしまいこみ、
ピンクの石を見落としていないか何度か未練がましく覗いたあと、
そのうち忘れ去り、いつのまにかなくしてしまった。

胸がいっぱいでごはんが食べられなくなるほど、
小石を拾ったよろこびではずんでいた日のわたし。

ピンクの小石が無くなったことを、
先生にも母にも仲良しのさっちゃんにも言えずに、
小箱の中に残った小石を空しくかき回していた日のわたし。

その時々のわたしの気持ちをいれたみたいに、
軽々と、ずっしりと、わたしの背中には、
赤いランドセルが乗っかっていた。